京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1839号 判決 1984年5月11日
原告
若松芳也
右訴訟代理人
中山福二
山口貞夫
中尾誠
一岡隆夫
田中伸
三木今二
酒見哲郎
出口治男
莇立明
中田順二
長澤正範
尾藤廣喜
北条雅英
村山晃
深尾憲一
彦惣弘
坂元和夫
芦田札一
三浦正毅
浜田次雄
海藤寿夫
柴田茲行
坪野米男
黒瀬正三郎
小島孝
山下潔
前堀政幸
瀬浪正志
坂和優
山下綾子
湖海信成
被告
国
右代表者法務大臣
住栄作
被告
滋賀県
右代表者知事
武村正義
被告ら両名指定代理人
長野益三
外一一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し連帯して五〇万四五二〇円及びこれに対する昭和五五年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者の地位
原告は京都弁護士会所属の弁護士であるところ、昭和五五年一一月一九日恐喝・暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件(以下本件被疑事件という)の被疑者として逮捕された砂田稔から弁護人に選任され弁護人選任届を提出した。被告国は砂田稔の捜査を担当した大津地方検察庁所属検察官松本弘道を使用し、被告滋賀県は砂田稔が勾留された代用監獄のある草津警察署の警務課長東谷正道を使用し、それぞれ捜査及び被疑者勾留の職務を遂行させもつて公権力の行使にあたらせていた。
2 事実経過
(一) 砂田稔は昭和五五年一一月一九日逮捕され同月二〇日大津簡易裁判所において勾留の裁判を受けて代用監獄草津警察署に勾留されると共に刑事訴訟法八一条の接見等の禁止決定を受けた。
検察官松本弘道は昭和五五年一一月二〇日砂田稔が勾留の執行を受けると直ちに別紙一記載の接見等に関する指定書(以下本件一般的指定書という)を発行し草津警察署長に送付した。
(二) 原告は、砂田稔に接見するため昭和五五年一一月二二日午前九時一五分草津警察署に赴き、警務課長東谷正道に対し砂田と接見させるよう要求したが、同課長は、当時砂田が在監中で取調等の予定もなかつたのに本件一般的指定書を原告に見せ、「被疑者は接見禁止決定を受けて検事より接見等に関する指定書を受け取つているので検事の指定書がない限り接見を許さない。」と告げて砂田稔との接見を拒否した。原告は同課長に対し右一般的指定は違法であつて弁護人を拘束するものではないから直ちに砂田と接見させるように説得したが、同課長が検事発行の具体的指定書がない限り接見させないとの主張を固持したので、止むを得ず一旦接見を断念して同日午前九時四〇分草津警察署を退去し、タクシーで大津地方検察庁に赴き松本検察官から具体的指定書の交付を受けて再び草津警察署に戻りようやく同日午前一一時過ぎ砂田と接見することができた。
3 被告らの責任
(一) 刑事訴訟法(以下刑訴法と略す)三九条一項の自由な接見交通権は、憲法三四条の弁護人依頼権に由来する被疑者にとつて最も重要な刑事手続上の基本的権利であつて捜査官の拷問による被疑者の虚偽の自白を防止して冤罪の発生を予防し真相を究明することを目的とするものであるが、身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があるので刑訴法三九条三項はやむを得ない例外的措置として捜査のため必要がありしかも被疑者の防禦権を妨害しないときに限り捜査官は接見に関する指定をなしうると定めて捜査機関に対し弁護人との協議義務及び速やかな接見日時等の指定義務を課している。
刑訴法三九条一項と同条三項との関係は前記のとおりであるから刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義についても取調べまたはこれに準ずる場合で現に被疑者の身柄を必要とししかも同人の防禦権を妨害しない場合に限定して解釈すべきであり、右解釈は本件当時最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決を初めとして判例学説上確立していた。
また、本件一般的指定書は、事件事務規程(昭和三七年九月一日制定、昭和三八年一月一日施行の法務大臣訓令)二八条「検察官又は検察事務官は刑訴法三九条三項による接見等の指定を書面によつてするときは、接見等に関する指定書(様式四八号)を作成し、謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式四九号)を同条一項に規定する者に交付する」の規定に基づくものであつて右様式四八号の文書に当るが、前記事件事務規程二八条は憲法及び刑訴法により保障された自由な接見交通権を一般的指定によつて原則的に禁止し具体的指定があると例外的に接見を許す旨を定めたもので、実務上も一般的指定書が一旦発行されると、日時、場所、時間を指定した様式四九号の指定書(以下具体的指定書という)を持参しない限り接見を拒否する運用がされているので右事務規程並びに同規程に基づく一般的指定書の発行は憲法三一条、三四条及び刑訴法三九条に違反し無効であつて、当時既に多数の準抗告審決定例が一般的指定書の作成交付を刑訴法三九条三項に関する違法な処分として取消し学説の大勢も同様に解していたのみならず、前記最高裁判所小法廷判決も接見を予め一般的に禁止して許可にかからしめしかも弁護人の接見要求に対し速やかに日時等の指定をしなかつた捜査機関の措置を違法と断定するなど右解釈は判例学説上確立していた。
(二) しかるに、検察官松本は本件一般的指定書を作成し草津警察署長に交付して、原告と砂田との接見について具体的指定書がない限り、接見を許さない旨の処分をして原告と砂田との自由なる接見交通権を故意に侵害し、しからずとするも、本件一般的指定書を発行するに際しその違法性を認識してこれを発行すべきでなかつたにかかわらず軽率にもこれを発行した過失により原告の弁護権を侵害した。
(三) 草津警察署警務課長東谷は、前記のとおり原告が砂田との接見を求めた当時砂田は取調中でもなく検証等に行く予定もなく監房に在監中であつたのであるから、直ちに弁護人である原告との接見の機会を与えるべき義務があつたのに故意に接見を拒否して原告の弁護権を侵害した。
(四) 被告らはそれぞれ松本検定官と東谷課長の使用者であるから、国家賠償法一条一項により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。
4 原告の損害
(一) タクシー料金 四五二〇円
原告は、前記のとおり東谷課長に接見を拒否されたので止むなく草津警察署よりタクシーを利用して大津地方検察庁へ行き、検察官松本より具体的指定書の交付を受けて再び草津警察署に戻つて接見を実現した。その間の往復タクシー料金として四五二〇円を支払つた。
(二) 慰謝料 五〇万円
原告は、前記のとおり砂田と接見すべく昭和五五年一一月二二日午前九時一五分に草津警察署に到着して交渉したが、接見を拒否されたので止むを得ず同日午前九時四〇分草津警察署を一旦引き上げ、大津地方検察庁へ出向き松本検察官から具体的指定書の交付を受けて、再び草津警察署に戻り同日午前一一時漸く砂田と接見したので草津警察署に到着後砂田との接見が可能になるまで、一時間四五分を要した。
原告は、被告らの使用する公務員らの憲法及び刑訴法を無視した違法な行為により一時間四五分間も弁護権を行使できない状態におかれて侵害されたほか大津地方検察庁との往復や準抗告申立等本来不要な労力の負担を余儀なくされて著しい精神的苦痛を蒙つたからこれを慰藉するには右金額が相当である。
よつて、原告は被告らに対し国家賠償法一条一項に基づき連帯して五〇万四五二〇円とこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五五年一一月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実を認める。
2 同2(一)の事実を認め、(二)の事実のうち、原告が昭和五五年一一月二二日午前九時一五分ころ草津警察署へ行き同署の東谷警務課長に対し砂田と接見させるよう要求し同課長が本件一般的指定書を原告に見せたこと、原告が同日午前九時四〇分ころ草津警察署から立去り大津地方検察庁へ出向き松本検察官から具体的指定書の交付を受け同日午前一一時ころ再び草津警察署へ戻り砂田と接見した事実を認め、その余の事実を否認する。
3 同3(一)ないし(四)の事実のうち、松本検察官は本件一般的指定書を事件事務規程二八条に基づいて発行したこと及び被告らはそれぞれ松本検察官及び東谷課長を使用している事実を認め、その余の事実をすべて否認する。
4 同4(一)の事実のうち、東谷課長が具体的指定書がない限り接見を許さない旨固持して接見を拒否した事実を否認し、原告が大津地方検察庁に出向き松本検察官から具体的指定書の交付を受けて再び草津警察署に戻り砂田と接見した事実を認めるが、その余の事実は知らない。同4(二)の事実のうち、原告が砂田と接見するため昭和五五年一一月二二日午前九時一五分頃草津警察署を訪れ、同午前九時四〇分頃同署を立去り、大津地方検察庁で松本検察官から具体的指定書の交付を受け同日午前一一時頃草津警察署に戻つた事実を認め、その余の事実を否認する。
三 被告の主張
1 刑訴法三九条三項は、捜査の必要性と弁護人の接見交通権(被疑者の防禦権)の調査を図ることを目的として検察官に接見に関する具体的指定権を与え弁護人に協力義務を課している。一般的指定は同項の趣旨を敷衍して手続面の明確性、確実性を担保しつつ弁護人の接見手続を円滑化するための制度であつて、一般的指定書は検察官が当該被疑事件について必要に応じ接見の具体的指定をする用意があることを監獄の長らに予め通知することを目的とした内部的な事務連絡文書にすぎず実務の運営も具体的指定書の持参を接見のための必須要件とせず電話を介するなど口頭での協議方法により指定を行なつていたから一般的指定書の発行は何ら接見を原則的一般的に禁止するものではない。
2 刑訴法三九条三項の趣旨は前記のとおりであるから、同項の「捜査のため必要があるとき」とは取調べ及びこれに準ずる場合に限定されず罪証いん滅防止の必要性ある場合など広く捜査全般の必要性がある場合を含むと解すべきであり、原告が東谷課長に対し接見を申し入れた当時司法警察員による砂田の取調べが終日予定されていたうえ本件被疑事件の捜査状況は物証が乏しく共犯者が逮捕されていなかつたので被害者を威圧するなど罪証いん滅を図るおそれがあつたから具体的指定とする要件を具備していた。
3 松本検察官及び東谷課長の無過失について
本件当時一般的指定を違法とする最高裁判所や高等裁判所の裁判例は全く存在せず、これを適法とする多数の裁判例や有力な学説が存在し、また刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の解釈についても証拠隠滅のおそれがある場合を含むと解する有力な学説が存在し、前記接見指定に関する被告らの立場は各高等裁判所判例及び有力学説によつて支持され検察・裁判実務上長年にわたる慣行として確立していたので、公務員である松本検察官及び東谷警務課長が右実務の慣行に従つて公務を執行しても過失はない。また一般的指定制度は法務大臣訓令事件事務規程に基づき下級庁職員を職務執行上拘束するので下級庁職員である松本検察官が右訓令に基づいて一般的指定をしても過失はない。
4 原告の損害について
原告は即日砂田と接見しその目的を達しており、その後の弁護活動に何ら支障も生じなかつたから慰藉されるべき精神的損害は生じていないし、仮に原告に精神的損害が発生していたとしても、右損害は被侵害利益が余りに軽微で間接的、主観的なものであるから損害賠償金の支払により慰藉される精神的損害があつたとはいえない。また仮に原告に慰藉されるべき精神的損害並びにタクシー料金相当額の財産的損害が発生していたとしても、右損害の発生は原告が長年弁護士として活動し接見に関する一般的指定及び具体的指定というこれまでの検察実務の慣行を十分に知悉していながら本件に限り敢えて検察官と事前連絡をとらずに草津警察署を訪れて接見を求め東谷警部が検察官と協議をするように求めていたのを拒否し松本検事から回答が来るのを待たずに同署を退去して大津地方検察庁に出向き具体的指定書の交付を受けた原告の一連の行為に起因していて原告自ら招いたものであるから、松本検事並びに東谷警部の各行為と相当因果関係がない。
第三 証拠<省略>
理由
一事実経過
1 <証拠>によると次の事実が認められ、<反証排斥略>、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。
原告は、肩書住居地に居住する京都弁護士会所属の弁護士であるが、昭和五五年一一月一九日午前四時五分から同三〇分まで大津警察署において本件被疑事件の被疑者として逮捕引致された砂田稔と接見して同人から弁護を依頼されこれを承諾し両名連署のうえ弁護人選任届を提出していた。砂田は翌同月二〇日勾留状の執行並びに接見等の禁止決定を受けて代用監獄草津警察署に勾留され、原告は同日夜砂田の妻から電話で接見を依頼されて同月二二日午前九時半頃接見に行く予定をたてた。
本件被疑事件の捜査は、当初大津警察署刑事官竹田忠男を実質的な捜査主任官として同警察署員により行なわれていたが、昭和五五年一一月二〇日午後一時検察官送致され、大津地方検察庁所属検察官松本弘道が主任検察官として竹田刑事官と協議しつつ捜査員を指揮して担当することとなつた。同検察官は、右同日本件被疑事件の内容が砂田ら暴力団組員数名による組織的な恐喝事件であつたので大津簡易裁判所裁判官に対し勾留及び接見禁止等を請求すると共に検察実務の慣行に従つて証拠いん滅のおそれがあるので具体的指定の必要があると判断し、具体的指定書を行使するので弁護人が具体的指定書を持たずに接見を申出たときは連絡して欲しい旨を通知する意思で砂田に関する本件一般的指定書(別紙一参照)を作成して原本を手元の記録に編綴し、謄本を代用監獄の長たる草津警察署長に送付した。草津警察署警務課長東谷正道は、同署内に存する代用監獄の留置主任者として被疑者の留置等に関する職務に当つていたが、翌同月二一日朝右本件一般的指定書謄本を受領した。
原告は、昭和五五年一一月二二日午後一時から京都市中京区丸太町通所在京都弁護士会館で開催される自然保護シンポジュームの司会を同僚の上羽光男弁護士と分担して担当することになつていたのでその打合わせに同日午後零時頃弁護士会館へ行く予定を立てており同日午前一一時頃には原告の法律事務所に戻りたいと考え、同日午前八時頃タクシーで自宅を出て同日午前九時一五分頃草津警察署に到着しタクシーを待たせたまま直ちに一階にある警務課室へ入りかねてから顔見知りの東谷警務課長に対し被疑者砂田に接見させるよう申入れた。東谷課長は、右申入れに対し本件一般的指定書を示したうえ、「指定書をお持ちですか。」と尋ね、原告が「指定書を持つてきておらずまた持つてくる必要がない。」と答えると「具体的指定書をもらつて頂けませんか。検察官がまだ出勤されていないと思うので暫くお待ち下さい。」と述べた。しかしながら原告は、一般的指定書は違憲違法であるから具体的指定書をもらう必要はなく取調べ中でないなら砂田に直ぐ会わせるべきだと主張して接見させるよう要求した。東谷課長は、一般的指定書が発行されているから担当検察官から具体的指定を受けてもらう必要があり通常検察官は午前九時半頃まで出勤しないので実質上の捜査主任官である大津警察署刑事官竹田忠男を通じて担当検察官に連絡をとることにし、原告に「捜査主任官に連絡してみるので暫くお待ち下さい。」と言つて課長席の卓上電話で竹田刑事官に二、三回連絡を試みたが、通話中であつた。東谷は再び原告に対し「連絡をとりますので暫くお待ち下さい。」と告げ女子職員に湯茶の接待をするよう命じて二階の刑事課に行き雑用を済せた後午前九時二五分頃刑事課内から竹田刑事官に電話で連絡をとり対応方法を尋ねたところ、同刑事官から担当検察官に連絡するので原告に待つてもらうよう指図を受けた。東谷は警務課に戻り同所で持つていた原告に「捜査主任官も具体的指定が必要だと言つており同人を通じて連絡をしているので暫く待つて下さい。」と告げた。原告は東谷に対し当初から「検察官の一般的指定は違法であつて多数裁判例により取消されているし不当な接見拒否には損害賠償請求が認められており威力業務妨害罪で告訴することもできる。」と繰り返えし接見させるよう要求し、取調べ中でもないのに長時間待たせているものと判断し東谷に対し結論を急がせたところ、同課長は「急ぐのなら検察官に電話して下さい。」と言つて卓上電話を指差したが、原告は弁護人の方から検察官に電話をかけて連絡をとる義務はないと考えて拒否した。同課長が再度「指定を受ければ会わすが指定がなければ会わせない。」と告げ直ちに接見させる様子がみられなかつたのでこれ以上待つのは時間を空費するだけだと考えて同日午前九時四〇分草津警察署を退去した。
竹田刑事官は、同日午前九時二五分頃東谷警務課長から原告の接見申出があつたとの連絡を受けていたが通常検察官は午前九時半頃登庁するので暫く待つて松本検察官に連絡することにし直ちに連絡するのを差控えた。
松本検察官は、平素午前九時半頃に勤務先である大津地方検察庁に出勤していたが、昭和五五年一一月二二日は偶々午前零時頃から同四時頃まで司法修習生がパトロールカーに試乗するのに付添つた後検察庁に戻つていた。同日午前九時三五分頃松本は竹田刑事官から原告が砂田との接見を求めてきている旨の電話連絡を受けたが、同日は終日大津警察署員が砂田の取調べをする予定であるからその時間を確保する必要があるうえ本件被疑事件の性質上未だ逮捕されていない共犯者その他の関係者による証拠いん滅を予防しなければならないので接見時間につき具体的指定を行う必要があると判断し、同刑事官に対し「原告から検察官に電話するよう伝えて欲しい。」と指示した。右指示は竹田刑事官から東谷課長に対し同日午前九時四三分頃電話で連絡されたが、原告は既に草津警察署を退去した後だつた。大津警察署員は、右同日砂田を終日取調べる予定であつたが原告の右申入れ当時未だ草津警察署に来署していなかつたので同署二階にある代用監獄内に砂田を在室させており同人に対する取調べは同日午前一〇時五三分頃から始められた。
原告は、同日午前九時四〇分頃草津警察署を出て同署前で待たせていたタクシーに乗り込み同日午前一〇時一〇分頃大津市京町三の一の一大津地方検察庁に到着しタクシーを待たせたまま直ちに松本検察官に会つて具体的指定書の交付を要求し、「同日午前一〇時三〇分から午前一一時三〇分までの間に一五分間接見しうる」旨の具体的指定書の交付を受けた後再び待たせていたタクシーに乗車して同日午前一一時頃草津警察署に戻り、タクシー料金四五二〇円を支払い、直ちに東谷警務課長に具体的指定書を示して砂田との接見を求めた。大津警察署員は同日午前一〇時五三分頃から草津警察署内取調べ室において砂田の取調べをしていたが、東谷課長は右接見の申出を受けると直ちにその手配をした。原告は同日午前一一時五分から同二〇分まで砂田と接見した後同三〇分頃草津警察署を出て待たせていたタクシーに乗り大津地方裁判所に向わせ、車中で予め準備していた定型用紙を使用して本件一般的指定書の発行に関する準抗告申立書を作成し同裁判所に提出して同日午後零時四〇分頃原告事務所に戻つた。原告は同日午後一時前に自然保護シンポジューム会場である京都弁護士会館に赴いたが、上羽弁護士らとの打合わせに間に合わなかつたため司会を同弁護士に任せ補助するに留まらざるを得なかつた。
2 <証拠>を総合すると次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
学説の多くは、刑訴法三九条一項の弁護人の接見交通権は憲法三四条の弁護人選任権に由来する被疑者にとつて最も重要な刑事手続上の基本的権利であり、身体を拘束された被疑者の取調べについて時間的制約を考慮して設けられた刑訴法三九条三項は例外的措置として制限的に解すべきであるから、同項の「捜査のため必要があるとき」とは、取調べまたはこれに準じる場合で現に被疑者の身柄を必要とししかも同人の防禦権を妨害しない場合に限定され、証拠いん滅のおそれがある場合を含まず、またいわゆる一般的指定書の発行は弁護人の接見交通権を原則的に禁止する結果をもたらすので刑訴法三九条の趣旨に副わない違法なものと解している。また昭和四二年三月七日鳥取地方裁判所において一般的指定によつて接見を一般的な形で禁止することは刑訴法三九条等の趣旨に反し許されないことを理由に一般的指定自体の取消しを認めた決定(下級刑集九巻三号三七五頁)がなされて以来各地の下級裁判所で一般的指定を違法として取消す決定が相次いでいたところ、昭和五三年七月一〇日最高裁判所第一小法廷は「捜査機関は、弁護人から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えるべきであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせる必要があるなど捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」(昭和四九年(オ)第一〇八八号)との判旨を示し、右多数説の支持者らはこれを自説に副うものと評している。また各地の弁護士会では一般的指定制度を違法として接見妨害の実体につき所属弁護士からアンケートを採るなど一般的指定制度の撤廃を目指した運動を展開している。
一方捜査当局では、かねてから刑訴法三九条三項の趣旨を弁護人の接見交通権と捜査の必要性との調和を図ることを目的とし検察官に接見に関する具体的指定権を与えたものと捉え、また刑訴法は「取調べ」と「捜査」の言葉を使い分けているから同項の「捜査のため」とは取調べ及びこれに準ずる場合に限定されず罪証いん滅防止を必要とする場合など広く捜査全般の必要性ある場合を含むと解し、実務の取扱上も接見指定につき右解釈に従つた運用をしており、現在少数ではあるが右解釈を支持する有力な学説及び下級審裁判例も存在していて、前記最高裁判決も、右解釈に反するものではないとしている。
昭和二八年制定の法務大臣訓令執行事務規程を引き継いで昭和三七年九月一日法務大臣の検察官に対する指揮監督権に基づき接見等に関し法務大臣訓令事件事務規程を制定したが、右事務規程二八条は「検察官又は検察事務官が刑訴法三九条三項の規定による接見等の指定を書面によつてするときは接見等に関する指定書(様式第四八号)を作成し、その謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式第四九号)に同条一項に規定する者に交付する。」と規定しており「接見等に関する指定書」と題する書面(様式第四八号、いわゆる一般的指定書)及び「指定書」並びに「接見又は授受の機会を与えた記録」と題する書面(様式第四九号、前者をいわゆる具体的指定書という。)の各様式は別紙二事件事務規程のとおりであつて、捜査当局ではいわゆる「一般的指定書」を検察官が当該被疑事件の必要に応じて接見の具体的指定をする用意があるから弁護人が具体的指定書を持たずに接見を申出た場合は連絡して欲しい旨を予め監獄の長らに通知する内部的な連絡文書と解している。
一般に検察官は右訓令に従つて勾留中の被疑者について現に取調べの必要がある場合だけでなく広く証拠いん滅防止の必要がある場合等をも含めて捜査の必要性を判断し接見等の指定が必要だと認めた場合にはいわゆる一般的指定書を作成し原本を記録に編綴し謄本を監獄または代用監獄の長に交付する取扱いをしており、いわゆる一般的指定書の欄外の注意書の記載にもかかわらずその謄本を被疑者及び弁護人に交付する取扱いをしていない。右取扱いについて以前は注意書の記載どおり謄本を被疑者及び弁護人にも交付していたが、弁護人が一般的指定は弁護人に対する接見禁止処分に該当するとの理由で右処分の取消しを求めて準抗告し昭和四二、三年頃から各地の下級裁判所において右処分を取消す決定が相次いだので、捜査当局はその後間もなく監獄又は代用監獄の長に対する単なる事務連絡上の通知という制度のものとして一般的指定書謄本を被疑者及び弁護人に交付しない取扱いに改めた。また具体的指定の方法としては事件事務規程二八条記載のとおり「具体的指定書」を弁護人等に交付してなすのが原則であるが、電話を介するなど口頭による指定でもよいとする運用がなされている。
留置主任官は捜査権限を有していないから勾留中の被疑者について弁護人から接見の申出を受けた場合には捜査担当者の指示に従つて接見させるべきで捜査担当者が接見指定をしないときは速やかに接見をさせなければならず、いわゆる一般指定書が発行されている時は接見指定が留保されているから具体的指定書を持参した者に限りまたその内容に従つて接見させるのが原則であるが電話等による具体的指定も認められているので弁護人に何らかの方法で具体的指定を得てくるよう求め、弁護人がこれに応じないときは当該事件の捜査主任官と密接に連絡を取つて弁護人にいわゆる一般的指定書の発行によつて接見を防害する印象を与えないよう配慮すべく指導されていた。
二被告らの責任
1 東谷正道警務課長は被告滋賀県の公務員であり、松本弘道検察官は被告国の公務員であつて、それぞれ公務に従事していたことは当事者間に争いがない。
2 東谷警務課長の不法行為
原告は、東谷警務課長は原告から接見の申入れを受けた際、砂田の取調べ中でなかつたから直ちに接見させるべきであつたのに拒否して原告の接見交通権を侵害したと主張するので検討する。
(一) 刑訴法三九条一項の接見交通権は憲法三四条前段の弁護人依頼権に由来し、身体を拘束された被疑者にとつて弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するとともに弁護人にとつて最も重要な固有権の一つであると解せられる。しかしながら身体を拘束された被疑者の取調べにつしては時間的制約があるので右接見交通権と捜査の必要性との調整を図るため刑訴法三九条三項は検察官等に捜査のため必要があるときは右の接見等に関しその日時・場所・時間を指定することができると規定するが、接見交通権が前記のように憲法上の保障に由来するものであることを考えれば、捜査機関による右指定は必要やむをえない例外的措置であつて被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではなく捜査機関は弁護人から被疑者との接見の申出があつた場合には原則として何時でも接見の機会を与えなければならず、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせる必要があるなど捜査の中断による支障が顕著な場合に限り接見に関してその日時、場合を指定することができると解すべきである(前記最高裁第一小法廷判決参照)。
これを本件について検討するに、前記事実によると、原告が砂田との連名で予め弁護人選任届を提出し、昭和五五年一一月二二日午前九時一五分ごろ草津警察署を訪れ被疑者の留置等に関する職務権限を有する東谷警務課長に砂田との接見を申し入れた際、当日は終日大津警察署員によつて砂田を取調べる予定がたてられていたものの右取調べが始まつた午前一〇時五三分頃まで砂田は在監したままでそれまで捜査担当の大津警察署員も来署していなかつたし、全証拠によつても原告に砂田と接見させることによつて捜査に支障をきたす顕著な事情を他に認めることができないから、接見に関してその日時、場所等を指定することができる場合に該当せず、従つて捜査担当者は原告に対して接見申出後直ちに認めるべきであつたというべきである。
(二) ところで、事件が検察庁に送致された後は捜査の主宰者は検察官であり刑訴法三九条三項の指定権も検察官にあり現実には司法警察職員による捜査が行われていたとしても代用監獄の関係者はもとより司法警察職員には独自の指定権はないものと解される。従つてこれらの者が弁護人から被疑者との接見申出を受けた場合は特段の事情のない限り弁護人に対し指定権者を明示するなど接見指定を受けるための手続手順を示し直接指定を受けるように求め、あるいは自ら指定権者に申出を伝達すれば足りると解すべきである。
前記事実によると次のとおり認めることができる。松本検察官は本件被疑事件について予め本件一般的指定書を作成して接見指定をする意思を表明しており、留置主任者である東谷警務課長は以前からこのような書面を受け取つた場合の取扱いとして、弁護人から接見申出があれば具体的指定書の提出を求め、弁護人が同指定書を持参していないときは何らかの方法で具体的指定を得てくるよう求め、弁護人がこれに応じない場合は留置主任官から接見指定権限を有する者に対し電話連絡等の方法により弁護人からの申出内容を伝達して具体的指定を得させるべく取扱い、具体的指定のない限り接見させてはならないと指導されていたこと、東谷課長は捜査権限を付与されておらずまた捜査の支障の有無を判断する立場にもなかつたこと、前記のとおり東谷は原告に対し本件一般的指定書を示したうえ、当初は具体的指定書の提示を求めたが原告がこれを持参しておらずまたもらつてくる必要もなく取調べ中でないなら直ちに会わせるよう要求したので実質上の捜査主任官である竹田刑事官を通じて松本検察官に連絡してもらうため同刑事官に数回電話による連絡を試み接見申出約一〇分後の同日午前九時二五分ごろ漸く同刑事官と電話が通じたので同人に原告から申出があつた旨を伝達したこと、東谷は同刑事官から松本検察官に連絡するので原告に待つてもらうよう指示を受けて原告にその旨を伝えたのみで検察官の具体的指定を受けていない原告の接見申出を許さなかつたこと、以上の事実が認められる。右事実によると、東谷警務課長は接見指定の権限はなかつたが、原告に直接権限ある検察官の指定を受けるように求めるとともに留置主任者として接見指定権者へ連絡をとろうとして実質上の捜査主任官へ電話しており連絡がとれたのが約一〇分後になつたけれども遅れた事情を考慮するとやむをえなかつたと考えられるから、東谷が原告に対し検察官の具体的指定のないことを理由として接見を拒んだ行為が客観的妥当性を欠くとはいえず、違法と評価することはできない。また他に留置主任官として弁護人から接見申出を受けた際に職務を執行する上において義務の懈怠があつたことを認むべき証拠もないから、原告の右主張は失当である。
3 松本検察官の不法行為
原告は、本件一般的指定書が法務大臣訓令事件事務規程(昭和三七年九月一日制定)二八条に基づくもので同規程の様式第四八号の文書に該当するが、同規程二八条は弁護人の自由な接見交通権を原則的に禁止するもので憲法三一条、三四条及び刑訴法三九条に違反する無効なものであり、従つて同規程に基づく本件一般的指定書の発行も違憲違法であるのに松本検察官は本件一般的指定書を発行して原告の接見交通権を侵害した、と主張するので検討する。
(一) 前記事実によると、松本検察官は本件被疑事件の捜査主任官として昭和五五年一一月二〇日本件被疑事件の捜査状況からみて証拠いん滅のおそれがあると判断し検察実務の慣行に従い本件一般的指定書を作成してその謄本を代用監獄の長に交付し、弁護人から接見の申出があつた際に検察官において捜査のため接見の日時、場所等を指定する必要があると判断した場合には具体的指定を行使することがある旨を予め通知したこと、留置主任官や捜査担当者は弁護人から検察官の具体的指定書を持たずに被疑者との接見の申出があつた場合必ず検察官の具体的指定権行使の有無を確認するようこれまで指導されており松本検察官も右一般的指定書を作成通知することによつて本件被疑事件についても常に同検察官の意思を確認しなければ弁護人に接見を認めない取扱いをするであろうことを予想しこれを期待していたこと、原告は昭和五五年一一月二二日午前九時一五分頃草津警察署において東谷警務課長に対し松本検察官の具体的指定書を持参せずに砂田との接見を申出たところ東谷課長に拒否されたこと、原告の接見申出は同課長から竹田刑事官を通じて松本検察官に伝達され具体的指定権行使の有無を確認するための電話連絡がとれたのは同日午前九時三五分頃であること、松本検察官は原告と協議のうえ具体的指定書を行使しようと考え竹田刑事官を通じ東谷警務課長に対し原告から同検察官へ電話させるよう指示したが、右指示が東谷警務課長の許に届いたのは同日午前九時四三分頃であつて原告は既に同九時四〇分頃草津警察署を退去していて原告には伝達されなかつたこと、東谷警務課長は原告が退去するまで同人に対し繰り返えし具体的指定書を持参しまたは具体的指定を受けない限り接見させない旨を述べて接見を許さなかつたこと、原告は草津警察署を一旦退去し大津地方検察庁で松本検察官から接見時間を同日午前一〇時三〇分から同一一時三〇分までの間に一五分間と指定する具体的指定書の作成交付を受けて草津警察署に戻り同日午前一一時五分から同二〇分まで砂田と接見したこと、以上の事実が認められる。
(二) 刑訴法三九条三項は検察官らが接見指定をする場合にとるべき方式について明示していないが、書面による接見指定は指定内容を明確にし接見時間その他の条件をめぐる過誤紛争を未然に防止する利点があるから弁護人にとつて書面を受取る負担が大きく実質的に弁護人の接見交通権を侵害するような事情がある場合はともかく検察官等は書面により具体的に日時、場所、時間等を指定することができると解せられる。
法務大臣訓令事件事務規程二八条は「検察官又は検察事務官が刑訴法三九条三項の規定による接見等の指定を書面によつてするときは、接見等に関する指定書(様式第四八号)を作成し、その謄本を被疑者及び被疑者の在監する監獄の長に送付し、指定書(様式第四九号)を同条一項に規定する者に交付する。」と定めているにすぎないから規程の文言上刑訴法三九条三項の指定を書面で行う時は一定の様式で行うことを定めているに止まり具体的指定を必ず書面によつて行うよう定めたものとは解せられず、実務の運用も電話を介するなど口頭による具体的指定がなされているから、同規程自体を被疑者と弁護人の接見交通権を原則として禁止する違憲違法なものということはできない。また本件一般指定書の文言によれば「(松本検察官は)捜査のため必要があるので右の者(砂田)と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物の授受に関しその日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。」と記載されているのみで具体的日時、場所、時間の記載がないので刑訴法三九条三項に規定する接見に関する具体的事項を指定した文書と解することはできず実際の運用をみても前記のとおり本件一般的指定書は代用監獄の長たる草津警察署長に交付されていたに止まり弁護人である原告や被疑者砂田には交付されていなかつた。また原告は右文言にもかかわらず松本検察官発行の具体的指定書を持参しないで東谷警務課長に接見を申入れたところ東谷課長は一旦は具体的指定書の有無を尋ねたものの直ちに電話で自ら実質的な捜査主任官であつた竹田刑事官を通じて松本検察官の意思を確認しようと試み竹田刑事官も同様電話で松本検察官に連絡し、更に松本検察官も原告から電話させるよう指示するなどいずれも口頭による指定をも認める取扱いを前提としているのであつて、これらの事情を総合すると、本件一般的指定書は文言の形式及び実際の運用の面からも弁護人から接見申出があつた場合に松本検察官が刑訴法三九条三項に基づく具体的指定をするのに好都合なように代用監獄の長に対し交付した内部的な事務連絡文書と解せられる。このように一般的指定書を予め交付しておくことによつて具体的指定をすることがある旨代用監獄の主務者らに知らせておくに止まる場合は右指定書の作成交付をもつて違法な措置ということはできない。
(三) しかしながら、前記事実によると、松本検察官は、このような一般的指定書が出されている場合には弁護人又は弁護人となろうとする者が具体的指定書を持参せずに接見を申出ると代用監獄の担当官から接見を拒絶されることになり改めて同検察官から書面又は口頭で具体的指定を得た後でなければ接見できず、従つて実際の運用面では原則と例外とが転倒していることを十分承知していたものと認められ、前記二2(一)(二)のとおり本件接見の申出に対しては直ちにこれを認めるべき情況にあつたからこのような場合には直ちに接見させるよう予め包括的に指示しておくか、代用監獄の担当者に対して直ちに連絡させ短時間内に接見させるような態勢に置く等常に弁護人の接見交通権を実質的に侵害することのないような措置を講じておかない限り検察官による一般的指定は違法なものとなるというべく、原告が接見の申入れをしたのは午前九時一五分頃、竹田刑事官が東谷警務課長から連絡を受けたのは同九時二五分頃、同刑事官から松本検察官に連絡がとれたのは同九時三五分頃、これを受けて同刑事官から東谷課長に連絡されたのが同九時四三分頃であつて、原告が現実に接見できたのは同午前一一時五分から二〇分であつたから、同検察官のとつた処置は違法な行為と認めることができる。もつとも、原告が自ら検察官に電話連絡をして打合せるか暫く待つていたならより短時間内に接見できたとも考えられるが、本来具体的指定を受けることなく接見できた場合であり連絡に約二八分間を要し結果的には原告にそれ以上の時間と労力とを費させているから原告の接見交通権を妨げていることに変りはなく、このような事態発生を防止する措置が講じられていなかつた以上前記結論を左右するものではない。
(四) そこで、松本検察官の故意過失の存否について検討する。
松本検察官が本件一般的指定書を作成交付したのは、前記のとおり砂田にかかる刑事事件が暴力団組員数名による組織的な恐喝事件であつて証拠いん滅のおそれがあり、このことは弁護人の接見について具体的指定の必要性があつて刑訴法三九条三項にいう「捜査のため必要があるとき」に該当すると判断し本件では原則として弁護人の接見を禁止することになつても止むをえないと判断したことに基づいている。
ところで、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し実務上の取扱いも分かれていてそのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、その執行が後に違法と判断されたとしても直ちに右公務員に故意あるいは過失があつたものとするのは相当でない。
これを本件につきみるに、刑訴法三九条三項の解釈及び一般的指定書の効力等をめぐる問題に関しては前記最高裁判所判決があり、また一般的指定書の発行を刑訴法三九条三項に関する違法な処分として取消す多数の準抗告審決定例が存在し、学説の多くは刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義を限定的に解し一般的指定書による捜査当局の実務の運用に対して弁護人の接見交通権を原則として禁止する違憲違法なものと解しているけれども、右最高裁判決は刑訴法三九条三項の「捜査のための必要があるとき」の文言を「現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」と解釈したのみで右に列挙している事例の外どのような場合が「捜査の中断による支障が顕著な場合」に包含されるかを明らかにしていないので証拠いん滅の防止等をもこれに含める見解を容れる余地がない訳でなく、また右判決は被疑者と弁護人等との接見を予め一般的に禁止して許可にかからしめ、しかも弁護人の接見要求に対して速やかに日時等の指定をしなかつた具体的措置を総合して違法と判示しているのであつて一般的指定自体を違法とした趣旨か否かは明らかでなく、また違法な処分であることを理由に検察官のなした一般的指定の取消しを求めた準抗告の申立を棄却した決定例もかなりあり、これを支持する少数ながら有力な学説が存在するなど現在なお一般的指定の適否について見解の対立がみられ容易にその解決の期待できない状態にあつたから、当時松本検察官が従来の検察実務の慣行に従い本件一般的指定書を発行して原告の接見交通権を原則的に制限し常に同検察官の具体的指定にかからしめる取扱いを結果的には遅れて原告の接見を認めたものの現実に原告の接見を制限したからといつて職責上義務の懈怠があつたとすることはできず、従つて故意または過失は認められない(最高裁判所昭和四三年(オ)第八六七号昭和四四年二月一八日第三小法廷判決、同四五年(オ)第八八六号昭和四九年一二月一二日第一小法廷判決参照)から結局原告の主張は失当である。
三結論
よつて、原告の被告らに対する本訴請求はその余の判断をするまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(吉田秀文 小山邦和 土居三千代)
別紙一 接見等に関する指定書<省略>
別紙二 事件事務規程<省略>